9月8日付「日帝強制動員市民の会」の報道資料(日本語訳)を転載します。
[報道資料] 故・李相業氏の強制徴用手記、
10年ぶりに再刊
遺族、手記を根拠に提訴……2審まで勝訴し、大法院判決を控え
日本の活動家・矢野秀喜氏、「日本政府の荒唐無稽な嘘に正面から反駁」
強制徴用被害者の故李相業(イ・サンオプ、1928~2017)氏の回顧録『死地を越えて帰郷まで』(昭明(ソミョン)出版)が、10年ぶりに再刊された。
強制徴用の体験記『死地を越えて帰郷まで』は、故李相業氏の凄惨だった経験に基づいた自伝的回顧録で、2016年に初版が刊行された。
1928年全羅南道霊岩(ヨンアム)で生まれた李相業氏は、1943年に15歳で福岡県にある三菱鉱業(現・三菱マテリアル)の上山田炭鉱に連行された。飢えと暴圧の中、地下1,500メートルの坑内先端「切羽」で1日15時間の採炭作業に投入、過使された。
彼は二度にわたり脱出を試みたが、捕まって苛告な殴打を受けた後、三度目に企てた脱出に成功し、解放後に九死に一生を得て帰還した。以後33年間、小学校の教師として勤務し、退職した著者は、当時の凄惨な記憶を手記(『死地を越えて帰郷まで』)として残した。特に手記には、著者が当時、炭鉱で作業した姿を直接鉛筆でスケッチした絵4点が含まれ、その意義を一層深めた。2017年、90歳で逝去した。
回顧録には三度の試みの末にようやく脱出に成功し、九死一生で故郷の霊岩に戻るまでに体経した、悲惨な実情が赤裸々に書かれている。
故人の手記が再び注目を浴びたのは、故人の遺族がこの手記を根拠に2020年1月、三菱マテリアル(旧・三菱鉱業)を相手に損害賠償請求訴訟を起こしてからである。
具体的で生々しい体験が綴られたこの手記は、裁判で故人の被害事実を立証する重要資料として採択され、去る7月23日に光州高等法院で勝訴した。本件は現在、大法院の最終判断を待っている。
日本の市民団体活動家である矢野秀喜氏(「強制動員問題の解決と過去清算のための共同行動」事務局長)は、『死地を越えて帰郷まで』の再刊に寄せた推薦文で、ILO(国際労働機構)の強制労働条約第29号を根拠に、「李相業氏が戦時中に強要された労働は、強制労働条約違反である」と強調した。
矢野秀喜事務局長は、「1943年9月、村の村長から『徴用令状』を見せながら、動員に応じるよう通告された時、李相業氏の年齢は15歳だった」とし、「これは強制労働条約第11条違反である」と強調した。
さらに「日本政府は、植民地支配下で行った朝鮮人の強制動員について、自ら保有している資料や記録などを公開もせず、その実状、実態がどのようなものであったかについても調査していない」とし、「李相業氏の回顧録は、このような日本政府の荒唐無稽な嘘を正面から反論するものである」と、回顧録発刊の歴史的意義を格別に評価した。
彼は「強制動員の体験を語ることができる人は、もう間もなくこの世からいなくなるだろう」として、「韓国であれ、日本であれ、一人でも多くの人が、この手記を手に取ることを願う」と推薦文に付け加えた。
強制徴用被害者の悲惨な現実を描いた手記『死地を越えて帰郷まで』は、その学術的価値が認められ、2017年に文化体育観光部が選定する「世宗図書」に選定された。また日本語版も出版され、強制徴用の実情を全く知らない戦後世代の日本人市民にも大きな衝撃を与えた。
2016年に発刊されたこの手記は絶版となっていたが、訴訟が起され手記を求める読者が後を絶たなかったので、「昭明出版」から10年ぶりに、今月再刊された。
『日帝強制動員市民の会』は、「被害者の生々しい経験が込められた資料が、加害者を相手取った人権回復の根拠となったという点で、この本には重要な歴史的価値がある」として、「記録の重要性を改めて気づかせてくれる事例だ」と述べた。
▲167頁、16,000ウォン
2026年9月8日
(社)日帝強制動員市民の会